子どもは、スポンジのような存在です。あらゆるものを吸収して、それをたっぷり保持しています。
時々、吸収しきれなくなって、あふれ出てくることもありますが、親としてみれば、“吸い取られる一方”と思っていた方が気は楽です。
返ってくる分があれば、それは本当にうれしい貴重な戻り、ごほうびのようなものですから。
そんなスポンジのような子どもにつき合うには、思いっきり“大人も子どもにかえる”時と、とことん“大人らしくエラぶる”時、2つの立場のめりはりが必要と思います。
それができるのが父親らしさの特権でもあり、母親から見ると、とてもうらやましくもあります。
例えば、アウトドアに出て、キャンプや釣りを楽しむ時、または家でテレビゲームを楽しむ時。子どもよりもどうかすると、父親の方が熱中して、子どもを押しのけんばかりに集中していたりします。
すると負けるもんかと子ども達も競い合い、いつしか強い緒が生まれていたりして。理性的な母親から見ると、そこまでのめりこむ父親がアホらしいような、でもくやしい思いです。
また、子どもが本当に悪いことをした時、これまたくやしいかな、どんなにきつく母親がしかっても、父親の野太い、ドスのきいた一声にはかなわないのです。
こんな時は、とことん大人の立場で人生論をぶって、子どもをさとしてくれる父親に、子ども達も母親も、なぜか安心してしまうのです。
やっぱりうちの家はきびしいけど、うちの家が一番だって。
母親には“大人”な時が求められるけれど、父親には“大人”な時も“子ども”な時もバランスよく持っていて欲しい。
そしてそれをうまく使い分けて欲しい、そう切望します。もっともっと熱くて、でも冷静な父親になってもらうべく、母親も“内助の功”で支えたいと思います。
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